2000/06/30

Townsville2

6月30日(金)
タウンズビル Townsville は、ケアンズの南約350kmに位置する人口13万人の美しい街。'dry tropic' と呼ばれるノース・クイーンズ・ランドにあって、晴天日数は年間320日にのぼるという。1864年に開設され、後にシドニーのビジネスマン Robert Towns にちなんで名づけられた。
タウンズビルには、1896年(明治29年)初めて日本の領事館が開かれた。
当時、クイーンズランド州の沿岸地帯に広がるサトウキビ畑で働く日本からの出稼ぎ労働者が多く、この街には900人もの日本人が住んでいた。
1908年領事館はシドニーに移ったが、その後も代々名誉総領事をつとめたグリーン家が、今では史跡記念物になっている。
クイーンズランドのサトウキビについては、こぼれ話シリーズ第9話「サトウキビ鉄道」を参照されたい。

久し振りにクイーンズ・ランドに戻ると、太陽の光がまぶしい。
朝、洗濯を済ませて、トランジット・センターに寄り、ケアンズまでの最後のバスの座席を予約。残りのキロ数を確認すると、充分残っていた。

ロス・クリーク Ross Creek にかかる歩道橋 Victoria Bridge を渡って、フリンダーズ・モール Flinders Mall へ。南側の白いT&Gビルと北側の中央郵便局G.P.Oの2つの時計台を持つ建物の間、約300mがモールになっている。【写真右】G.P.Oから北東に Flinders St. East を歩くと、両側に洒落たレストランやコロニアル風のパブ、バックパッカーズなどが並んでおり、この辺までが市街地といった感じか。
ロス・クリーク沿いの道をブラブラ進むと、右側にトロピカル・クイーンズランド博物館と世界有数の巨大水槽のあるリーフ・エイチ・キューがある。時間つぶしに博物館だけのぞいてみた。

左に折れて Kings St. をほんのちょっと進み、海沿いの公園アンザック・メモリアル・パーク Anzac Memorial Park にぶつかる。【写真左】公園からクリーブランド湾に沿って続く通りが、ザ・ストランド The Strand 。ちょうど今日からスクール・ホリデーに入っていて、BBQを楽しむ家族連れや、先生に引率されて海辺で砂遊びに興じる子供たちが大勢いる。
我々も靴を脱いで砂浜を歩き、途中で買ったサンドイッチで昼食にした。

宿に帰って、廊下でタバコを吸っていると、一人旅の日本人、22歳のI君と会う。若い頃バイクでアメリカを横断したお父さんにあこがれ、今こうしてオーストラリア一周の旅に出たのだという。感じのいい、かっこいい青年だ。
宿の裏、パルマー・ストリート Palmer St. にあるバー&レストランに夕食に誘う。我々はスコッチ&ウォーター、彼はビール。
I君に話しかけてきた酔っ払いのおじさんが、いつの間にか同じテーブルに居座る。チェコからの旅行者で楽しい人だが、相当酔っていて英語がほとんど聞き取れない。
10時半を回ったところで、チェコ氏をI君にまかせ、バイク旅行の安全を祈って宿に戻った。

2000/06/29

Townsville1

6月29日(木)
バスは、20時30分、約1時間遅れでタウンズビルのバス・ターミナルに到着。ホテルに、バスが遅れてこれから向かう旨を連絡すると、レセプションは8時半まで、すぐ来いという。
重い荷物を背負って走るようにして駆け込む。どうにか間に合った。毛布2枚を借りて部屋に上がったら、ベッド・シーツが1つ分しかセットされていない。慌ててレセプションに駆け下りると、既に閉まっている。中身がこぼれそうなぼろぼろのマットレスの上で1晩寝る羽目になってしまった。名前は、アドヴェンチャー・リゾート Adventure Resort とかっこいいが、やはり値段だけのことはある(ツイン$31)。
持っていたインスタントもので夕食を済ませ寝てしまった。

2000/06/28

Alice Springs

6月28日(水)
昨夜泊まった宿は、メランカ・ロッジ・バックパッカーズ Melanka Lodge Backpackers 。ここは一泊だけなので、朝起きて夕方バスに乗るまでの、僅かな時間の滞在となる。
アリス・スプリングス Alice Springs は、北のダーウィンから南のアデレードまでオーストラリアを南北に貫くスチュアート・ハイウェイの中間に位置し、周囲をマクドネル山脈 Macdonnell Ranges に囲まれている。19世紀末に誕生したフロンティア都市だ。
1871年電信敷設工事の測量のためにこの地を訪れた測量技師が、当時アボリジニの間でツリアラと呼ばれていた泉を見つけ、当時の電信総監チャールズ・トッド Charles Todd の妻の名にちなみ『アリスの泉』と名付けたという。
事実、レッド・センター Red Centre と呼ばれるオーストラリアの中央部を旅してここにたどり着いた人にとっては、文字どおりオアシスを見つけたような気持ちになる。

宿を出て、荷物をグレイハウンドのターミナルに預け、街の中をぶらつく。街の中心部は実に小さい。およそ300m四方の中に、郵便局や銀行、商店、レストランが並んでいる。中心は、トッド・モール Todd Mall 。カフェ、レストラン、お土産屋などが並び、一日中賑わっている。モールの中ほどにある屋外ステージでは、地元高校のオーケストラの演奏会が行われていた。
また、アボリジナル・アーツや工芸品の店もたくさんあり、ユーカリの樹の皮に絵を描いたバーク・ペインティング、モダンなデザインのネッカチーフやテーブル・クロスなどが置いてある。
アボリジナル・ランド Aboriginal Land に近いこのあたりでは、街の中で見かけるアボリジニの人達も多い。しかし、一般的には定職に着いていないようで、いつもブラブラでしているか、公園や広場でたむろしている。

モールの真ん中の角にあるアリス・プラザ Alice Plaza は、アトリウムのある洒落たショッピング・センター。モールの1本西側の通り、ハートレー・ストリート Hartley St. のGPOの斜め向いには、あのウールワースが入ったイェペレニー・ショッピング・センター Yeperenye Shpping Centre がある。例によって、ここのフード・センターで早めの夕食をとる。

17時15分、アリス・スプリングスのターミナルを出発して、次の宿泊地タウンズビルに向かう。移動距離約2050km。途中、テナント・クリーク Tennant Creek で乗り換えて、所要時間は約26時間。今までで2番目の長距離移動となる。
ダーウィンに向かうワーホリの連中が何人か乗っている。エアーズ・ロックに登ってきたらしく、大感激の様子。
西の空の夕焼けがきれいだ。

2000/06/27

Ayersrock4

6月27日(火)
5時前、部屋のキーをレセプションの外のキー・ボックスにほおり込んで、ツアー・バスを待つ。外はまだ真っ暗である。
今日は、エアーズ・ロックを発って、キングス・キャニオン Kings Canyon からアリス・スプリングス Alice Springs へ行く。旅もいよいよ終わりに近づき、あとは帰国の飛行機に遅れないように、ケアンズにたどり着くだけだ。

エアーズ・ロックを出て、まだ明けやらぬラセター・ハイウェー Lasseter HWY を東に。右手にマウント・コナー Mt. Conner を見ながら、レッド・センターをただただひた走る。そういえばまだ朝飯前、と思ったところでバスが一時停車。サンドイッチとコーヒーで朝食。ハイウェーを外れ、アンガス・ダウンズ Angas Downs を経て、9時30分にキングス・キャニオン・リゾートに到着する。約300km走っている。

キングス・キャニオンはワタルカ国立公園 Wtarrka National Park の中にあって、中央オーストラリアの中で最も壮大な光景をもつと言われているところ。切り立った崖の高さは最高270m。その岩肌はクリーム色から深紫色まで、実にさまざま。
ちょっと規模は小さいかもしれないが、グランド・キャニオンのオーストラリア版といったところだ。
峡谷の崖の上に上りぐるっと一周するザ・キングス・キャニオン・ウォーク The Kings Canyon Walk (所要時間3~4時間)と、峡谷の谷を歩くザ・キングス・クリーク・ウォーク The Kings Creek Walk (同1時間)があるが、小生一昨日のエアーズ・ロック登坂に懲りて、クリークの方を選んだ。(当然、家内も一緒)
ガイドの説明を聞きながらトレイルを歩く。崖から落下したと思われる大小の石が転がり、その合間にこの地方特有の珍しい草木も生えている。
崖の上を見上げると、豆粒のように見える人たちが手を振っている。家内が、「うらやましい~っ!」。
リゾートエリアに戻り、「自前の弁当」を食べて、キャニオン・ウォーク組の帰ってくるのを待つ。我々より年配のご夫婦とお嬢さんの日本人3人組に出会った。頑張って崖の上を歩いてきたそうだ。

13時15分、エアーズ・ロックに戻る人達と別れて、バスはアリス・スプリングスへ向けて出発する。あと約320キロだ。
途中からオフ・ロードに入り、赤土のガタガタ道を驀進する。普通仕様の観光バスでオフ・ロードの道を走るなんて、いかにもオーストラリアらしい。対向車はめったに見かけない。カンガルーの死骸に鳥たちが群がっている。
緑の林が現れたと思ったら、迂回路の標識。何日か前の大雨でパルマー川 Palmar River が溢れ、道路が冠水したままらしい。バスは水溜りを避けながら、体を揺らして川を越える。しかし、久し振りに木の緑と川の水面を目にして、心が洗われるような気持ちを感じた。

100キロ以上のオフ・ロード走行を終えて、バスはようやくスチュアート・ハイウェイ Stuart HWY に入る。この道は南のアデレード方面から北のダーウィンへ、オーストラリアを南北に貫く幹線道路だ。
アリス・スプリングスまであと4、50キロという地点で、バスに急ブレーキがかかる。運転手の無線連絡を聞いていると、オイル系統の故障でオーバー・ヒート気味だと報告している。おいおい大丈夫かい?
そんなこんなで、1時間近く遅れてアリス・スプリングス到着。乗客それぞれが予約しているホテルまで送り届けてくれる。

2000/06/26

Ayersrock3

6月26日(月)
今日のツアーは14時半出発。午前中はのんびりと過ごす。
郵便局に行って、今まであちこちで買い込んだ土産品の一部を、神戸の家内の姉に送る。2、3日後に気が付いたのだが、ここで辞書を忘れてしまった。日本出発の前に買った三省堂の「デイリコンサイス英和・和英」。送り状に宛名を書いていたカウンターに置き忘れたらしい。3000円もしたのに。もったいない。

14時30分、オルガス&エアーズ・ロック・サンセット・ツアー Olgas & Ayers Rock Sunset Tour に出発。
エアーズ・ロックが一つの岩なのに対し、オルガスは36個の岩の寄せ集まり。バスが近づき、道がカーブするごとに、見る角度が変わり、いろな姿を見せてくれる。
【写真左】

最も高い岩、マウント・オルガが、地表綿からの高さ546m(海抜1069m)。ガイドは、「オルガは頭という意味。頭がたくさんあるからオルガス。」などと笑わせている。確かに、一つ一つの岩は頭に見えないこともない。オーストラリアの何かのCMでそんな絵を見たことがある。しかし、後で買ったガイド・ブックによれば、1872年、ヨーロッパ人で初めてこの岩山を発見したアーネスト・ジャイリース Arnest Giles が、当時のスペインの女王の名にちなんで、Olga と名づけたとある。ちなみにオルガスの北東部にある湖、アマデウス Amadeus は、やはりスペインの国王の名前である。

バスを降りて、オルガ渓谷 The Olga Gorge を歩く。ゴツゴツとした岩肌に挟まれた渓谷を、約1時間かけて往復する。
ウォーキング・トレイルの両側には、風化して崩れ落ちた大小の岩石がゴロゴロと転がっている。この奥が風の谷 The Valley of Wind。宮崎駿氏の「風の谷のナウシカ」は、ここをイメージして作られたという。
エアーズ・ロックとは、そのでき方も岩の地質学的材質もかなり違うようだ。

オルガスからエアーズ・ロック・サンセットのビュー・ポイントに向かう。
夕陽に映えるエアーズ・ロックはサンライズのそれよりも素晴らしいと、かねがね聞いていた。日が西に傾き始める頃から、徐々に岩肌が赤へ赤へと変わっていき、そして日の沈む瞬間に真っ赤に燃えるのだという。(左の写真のように。)
しかし、今日の西の空は曇天。どうも、パースの夕陽以来、サンセットには縁がなさそうだ。

2000/06/25

Ayersrock2

6月25日(日)

早朝、サンライズ&登坂&ベース・ツアー Ayers Rock Sunrize, Climb & Base Tour に出発。
出発は日の出の75分前。予約したツーは、すべて AATkings のバスが、ロッジの前まで迎えに来てくれる。
ビュー・ポイントに行き、日の出を待つ。日の出の前後、時間の経過とともに微妙に色を変えていくエアーズ・ロックを見る。
朝日が地平線から昇る瞬間、茶色だった岩は、赤く映える。歓声が上がる。

《エアーズ・ロックはどうしてできたのか? 「ウルルとカタジュタの地質学的歴史」
……詳しいことが知りたい方は、クリックしてみてください。……

次は、いよいよ登坂だ。西側に1ヶ所だけ設けられた登山口から登りはじめる。すぐに急な斜面になり、鎖が張られている。スニーカーを履き、持参したイボイボ付きの軍手を着けて、鎖につかまりながら一歩一歩登って行く。いやーっ、キツイ、キツイ。【写真右】
脚の弱った小生には最初から難関である。一緒に登っている若い人の中にも、同じようにヒーヒー言っている人がいるので、多少ホッとする。家内はどんどんと先に行く。
岩登りの必需品は、鎖をつかむ軍手と飲み水。暑い時期なら500mlくらいのペット・ボトルは絶対必要だ。
鎖が終わったところで、高さにして3分の2、道のりにしてまだ3分の1くらい。前を行く家内の姿はもう見えない。ここからが大変だった。高所恐怖症気味の小生にとっては、坂登りのきつさより、岩の馬の背のようなところが怖くて進めない。風が強く、時折り突風も吹く。しかし、ここでギブアップしたら、何を言われるか分からない。這うようにして前進する。
1時間ちょっと経ったところで、家内が下りてきた。頂上で折り返してきたのだという。ツアーでは上り下りに2時間しか取っていないので、残念だが、この辺で引き返さざるをえない。道のりにして80%か、90%か。情けない話だが、日頃、愛犬の散歩くらいしか歩かない運動不足の結果がこれである。
平気な顔をして歩いているツアーの同行者に頼み、家内と一緒に写真を撮ってもらって、下りの途についた。西方には、遥かオルガスが見える。他には何もない、まさに不毛の大地だ。

下に下りて、待っていたバスに乗る。ところが、チケットを見せて確認したつもりなのに、バスはベース・ツアーに行かずに、直接リゾートの方に戻ってしまう。こちらが聞き間違ったのか、それとも向こうが間違ったのか。そんなわけで、エアーズ・ロックの周囲を歩くベース・ツアーはあきらめた。

ビジター・センターで証明書 Ayers Rock Walkers Certificate の用紙を買い、一緒に登ったインド系の人にサインをしてもらった。

2000/06/24

Ayersrock1

6月24日(土)
朝5時半にタクシーを呼んでもらってパースの宿を出て空港に向かった。オーストラリア国内、最初で最後の飛行機の旅。
アンセット航空の British Aerospace BAe146 は、73人乗りのかわいい飛行機。エアーズ・ロックまでは2時間半のフライトである。2時間半といえば、羽田から飛べば沖縄を飛び越えてしまう距離だ。
到着直前、左の窓から赤茶けたまっ平らな大地の中にゴツゴツとした岩のかたまりが見えた。オルガスだ。思わず大きな声をあげてしまった。

11時、エアーズ・ロックの空の玄関、コネラン空港 Connellan Airport に到着。無料のエアポート・シャトル・バス Airport Shuttle Bus に乗ると、空港からエアーズ・ロック・リゾートの中を巡回して、自分の宿の前まで連れて行ってくれる。

エアーズ・ロック Ayers Rock (Uluru) は、オーストラリア大陸のほぼ真ん中にある世界最大級の一枚岩。周囲約9km、高さ348m(海抜は、867m)で、何もない平原の中にそびえる姿は、神々しさを感じさせるほどで、アボリジニの聖地となっている。その西約30kmには36個の岩からなるザ・オルガス The Olgas (Katatjuta) があって、この2つを含む地域が、ウルル・カタジュタ国立公園に指定されている。
エアーズ・ロック・リゾート Ayers Rock Resort は、エアーズ・ロック観光の拠点。5000人を収容できる宿泊施設やレストラン、ショッピング・センターなどがあり、各種のツアーがここから出ている。

我々の宿は、ツイン・ルームがある中では最低料金のスピニフェックス・ロッジ Spinifex Lodge 。それでも、我々にとっては今までの最高料金だ。それだけに、部屋にはキッチンとバルコニーが付いており、なかなかいける。トイレ、シャワーは共同。【写真右】
部屋で旅装を解き、3泊4日の作戦を練る。レストランで昼食の後、ビジター・センター Visitor Centre のツアー・デスクで、明日から3日間の AATKings のツアーを予約する。3つのツアーをばらばらに申し込んだら、それらのすべてが含まれているセット・ツアーの方がお得ですよ、と奨められた。なかなか親切。ここには、日本語の対応も可能なジャパン・デスク Japan Desk もあるのだが、たまたまスタッフが不在で、英語でのやり取りとなった。しかし、スタッフ嬢の AAT の発音が、何回聞いても 【aiaiti:】に聞こえる。これがオージー・イングリッシュなのだ。

夕方、ビールを仕入れようとしたが、近くにあるスーパーには置いていない。リゾートの中を突っ切る遊歩道を歩いて、反対側のホテルまで買出しに行く。